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ファッションの意義ってなんだろう

こんにちは。 横浜店のkaidaです。

先日、京都大学の横にあるクラッシックな佇まいの関西日仏会館を訪ねました。

よく見るとフランスの国旗が弔意を示す反旗を掲げています。

日本という定点にいながらも、フランス社会の現在を現わしています。

ここ京都においても「シャルリー・エブド」誌襲撃の悲しみの状況が伝わります。

 

 

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現在フランス在住の友達からもデモの様子の画像が届いています。

その中で、ストラスブールの大学院の博士課程にご在籍中のgoldieの顧客様からお写真が届きましたのでご紹介いたします。

 

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12日にフランス全土で行われた新聞社襲撃の追悼行進には370万人が参加。ストラスブールでの集会も14時すぎからはじまったそうです。戦後以来、いまフランス社会がゆれています。

 

テロはもちろんダメだが「表現の自由にも他者の尊厳」は守られるべきという前提で考えてみます。

 

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今回のテロ事件には「言論の自由」の民族の解釈の違いや政教分離がかかわっています。

厳格なフランス政教分離(ライシテ)とはいったい何でしょうか?

この政教分離とは文字どおり政治と宗教を分けて考えお互いが干渉しないということですが、日本とフランスではかなり様子が異なります。

日本は「政治は宗教には口を出さない」

フランスは「宗教は政治に口を出さない」

移民であってもとされるフランスのルールに従って生活を求められます。

たとえば「宗教が政治に口出しできない」例としてイスラム教徒の女性が着用するニカブ(全身を覆う着衣)、へジャブ(スカーフ)は現在フランスでは禁止が挙げられます。

フランス革命で勝ち取った「自由・ 平等・ 博愛」を憲法とするフランスでなぜ宗教的シンボルを身につけるのはそもそもダメなのでしょうか?

 

①服装などによる宗教的規律から解放されるゆえの「自由」

②宗教的外見からも無縁であるがゆえの「平等」

③信仰とは無縁の市民空間をつくるゆえの「博愛」

 

日本人だとイスラムの着衣のヘジャブもニカブも「エキゾチックでいいんじゃない」 と思うところですが、これがダメなんですね。

何を着てもいいじゃない、だってそんなの個人の自由でしょ。

それが通用しないのが意外なことにフランスという国。

 

数あるシャルリー・エブドの風刺画の中で、モーゼ、マホメットの3人の予言者が登場しているものがあります。

 

内容は

「私たち3人は愛と平和を伝えて同じメッセージには違いはないんだけどね・・」

「そうそう、おっしゃるとうり!」

と3人の神が人類が戦争する様子をくつろいでみている画。

 

そういえば、以前、前に美輪明宏氏がある番組でこんな素敵なことをおっしゃっていました。

 

 

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「 軍服をピンクや、そうね花柄なんかにすると世界が平和になるわ。ピンクだと戦争する気なくすでしょう・・・」

<ファッションが世界を平和にする>、という言葉はあまりにも手垢のついた新味のないものではあるけれども、やはり真実。

 

春はどんな色のお洋服をみなさんはお召しになりますか?

 

clumnist/KAIDA

2011年アッシュ・ペー・フランス入社。 横浜タカシマヤのgoldieにて勤務。学習院大学大学院フランス文学修士修了。好きなものは重いテーマを扱った小説。文学とファッションなど徒然なるままに書いております。

 

kaida