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芸術批評

 

先日マーク・チェリー監督の『デスパレートな妻たち』シーズン8を観ていたらこんなシーンが登場しました。

大学の美術絵画の授業中に著名美術評論家フェリックス(ゲイのおじいちゃん)が突如乱入。 生徒たちの絵を次々と批評することに。

男子生徒とのやり取りでは・・・

「これはなあに?」

「女性の裸体へのオマージュです。」

「だから私は女とは寝ないの。おぞましすぎる。」

「デフォルメで・・・」

「意識が遠のき、瞼が重くなる・・・。ではさようなら。」

その次の女子生徒さんには・・・

「美大の卒業生さんには描かずにはいられないよのね。こういう四角と丸をくっつけた絵。 私は言うけどこれは“芸術への残虐行為”」

No art student’s portofolio would be complete without the obligatatory squares and circles colliding. What I like to call <Man’s inhumanity to art.>

 

ちょっとしたやりとりのシーンですがこの著名批評家のおじいちゃんはとても奥深いことをおっしゃっています。

作品を描く本人に心の叫びや慟哭が感じられない作品は“芸術への残虐行為”で本物のアーティストではない、と。

これは私の肌感覚ではありますが、本物のアーティストの作品の前で鑑賞するとある反応が起こります。

それはある種の息苦しさを感じさせたり、身体的な反応として鳥肌が立つわけです。

たとえばゴッホの耳を切った自画像をみると感覚的に「あ、痛そう!」とまず感じ苦しくなってきます。

そしてもっとも分りやすく一番苦しく感じるのが草間弥生さんの作品。

そう、水玉です。

 

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現在話題の商業施設のギンザシックスの空間においても草間氏の水玉のバルーンを鑑賞することができますね。

水玉がもともとダメな私は軽い「集合体恐怖症」。

そういえば虫の穴や密集、蓮の穴を見ただけで鳥肌が立ってきます。 鶏肉の皮が苦手、魚卵が食べれない、こういった方もその「集合体恐怖症」の傾向があります。

 

作品の水玉も色の背景と水玉のコントラストが強くなればなるほど偏頭痛を起こしてきます。 。

草間さんの作品は自分の体に変調を及ぼすほどの破壊力があるわけです。この写真もやや笑顔ですが平衡感覚を失うくらいのショックをじつは受けているわけです。

ですから以前ルイ・ヴィトンから発売された草間さんとのコラボレーションのバッグを持っている方がいらっしゃると「あ!」と無意識に身構えてしまいます。

 

もともと私好みはクールベやドーミエなどの写実主義の絵画。そう。じっと絵の細部をじっくり見てその精緻さを楽しむ派。

一方で太陽のようにしっかりと直視できない芸術もあります。

芸術の鑑賞、奥深いです。

 

 

コラム  戒田格(かいだ いたる)

 

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学習院大学大学院フランス文学修士修了。日本フランス語フランス文学会会員。2011年アッシュ・ペー・フランス入社。 横浜タカシマヤのgoldieにて勤務。横浜店7年目突入。

テニスのジョコビッチ選手を見習いグルテンフリーの食生活を始めました。