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オシャレの裏側で

 

2017年も7月となり夏本番。

そして日本全国のSALE真っ盛り。 もうSALEでいろいろお買い物をされた方も多いはず。

実はこのSALEのシステムの雛形ができたのは19世紀このこと。1887年にブシコーが創設したパリのボン マルシェ百貨店といわれています。

 

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(画像 練馬区立美術館 19世紀パリ時間旅行 鹿島茂コレクション)

 

それまでのお店は個人商店でショー・ウインドーもない。お客が何が店内にある品物もわからない。しかも一度お店に入れば、なにも買わないでお店を出るというのは言語道断。

いまでもフランスではお店に入るときには個人のお家に入るときのようにしっかりと「ボンジュール・ムッシュー(マダム)」とご挨拶するのはその名残でしょうか・・。

現代でもそのような威圧的な雰囲気のお店はもちろん今でもありますね。スタッフの視線に圧を感じる経験とかあるはず。

百貨店は入店出店自の当たり前のこと意外にも今では当たり前となっているショー・ウインドーでのプレゼンテーションや通信販売、百貨店での返品・交換、従業員の福利厚生などなど多数発明しました。

 

こういった百貨店の光の部分もあれば影の部分も存在します。

北山晴一氏の『おしゃれの社会史』(朝日新聞社)では1880年から1882年にかけて万引きでつかまった女性の裁判記録が収録されているのですが、非常に興味深いのでご紹介しょましょう。

「K男爵夫人。 盗品ー靴、絹、香水、編み紐。母、妹と共謀。現行犯逮捕。釈放」

「サン=J夫人。 盗品ー絹生地33メートル1本、20メートル1本。どんなにかさばった品物も目のさめる早業でドレスの丸みの中に消滅させる。 禁固3ヶ月」

「S・C・G夫人。 夫は英国軍高級将校。ラッコのマントの裏に取り付けた特製ポケット中に盗品を隠した。 手袋をしている時でも、プロが素手で盗む時に劣らない早業。 15分ほどで造花1本、財布2つ、レース2本、ブラシ2本、袋、絹地4本を盗んだ。禁固3ヶ月」

これらのマダムの身分を総じて高い。

当時のブルジョアの女性たちは家と家との合併が最大の問題でしたから、現代のように愛情を基にした情緒的な結婚というというのはナシでした。

不満の溜まる生活の中に 窃盗の行為自体に快楽を見出していますから、現代ならカウンセリングと治療が必要なレベルともいえます。

さて興味深いのは万引きした商品で共通するのは絹素材のもの。

シルク素材は女性のストレスを解決するキーワードとして注目してみるのも良いかもしれません。

 

コラム  戒田格(かいだ いたる)

 

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2011年アッシュ・ペー・フランス入社。 横浜タカシマヤのgoldieにて勤務。横浜店7年目突入中~。学習院大学大学院仏文学修士修了。日本フランス語フランス文学会会員。

先日、横浜中華街 聘珍樓にてアラフィフ誕生会を質素に開催。